~聴覚障がいの方との薬局コミュニケーション実践ガイド~

「役に立ちそうだけど、使い方がわからない」「聴覚障がいの方は来局されない」。
全国の薬局に配布された「指さしで伝えるコミュニケーションシート」に、そんな声が寄せられることがあります。しかし、私たちが気づいていないだけで、「聞こえ」に困難を抱える患者さんはすぐそばにいるのです。
シートの開発者である第一薬科大学の俵口奈穂美先生に、聴覚障がいのある方の見えない困難と、シートを活用して患者さんとの心の距離を縮めるための具体的な方法について、詳しく伺いました。

俵口 奈穂美(ひょうぐち なおみ)
第一薬科大学 地域医療薬学センター 教授
 

【経 歴】
九州大学薬学部卒業
北九州市立病院勤務
九州大学大学院薬学研究院臨床薬学分野修了 博士(臨床薬学)
2019年4月 現職
2024年~   北九州市身体障害者福祉協会
         北九州スマイル福祉協会 企画委員
【研究分野】
聴覚障害や喉頭摘出などコミュニケーションバリアのある患者への服薬指導
「聞こえない人、うちには来ない」は本当?

Q.この「指さしシート」が生まれた背景には、どのような課題があったのでしょうか?

 

聴覚障がいは外見では分かりにくいため、医療者側が、呼び出しが聞こえないなどの患者さんの困難に気づくことができない場合が多くあります。声を出して話せる方だと、なおさら見過ごされがちです。
また、患者さんの聞こえに困難があると気づいた場合でも、医療者側もコミュニケーションの取り方に課題感を覚えています。「耳もとで大きな声で話せば伝わる?」「書いたものを見せればいい?」。しかし、これらはよくある誤解の一例なのです。
こういった双方の「困りごと」を解決し、円滑なコミュニケーションの第一歩を踏み出すために、このシートは生まれました。

なぜ「文章を見せても伝わらない」のか? そこには「9 歳の壁※」が

Q.「書いたものを見せればわかる、というのは誤解」というお話がありました。

 

実は「聞こえないことが、日本語の読み書きの困難につながる」という事実は、多くの医療従事者に知られていません。ろう教育には「9歳の壁」という言葉があります。これは、先天的に聞こえない方(ろう者)にとって、第一言語は日本語とは文法構造が異なる「日本手話」であることが多いためです。
例えば、「私は昨日学校へ行った」という文章は、日本手話では「私・学校・昨日・行く」というように、助詞や時制のない語順で表現されます。そのため、助詞や副詞、抽象的な表現の習得が難しく、文章の理解力が9歳程度で停滞してしまうことがあるのです。
医療用語は特に注意が必要です。例えば、以下のような誤解が実際に起きています。

医療用語の誤解

ただ文章を見せるだけでは、意図が正しく伝わらない可能性があることを知っておくことが重要です。

※出典:独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所,聴覚障害教育Q&A 50 聴覚に障害のある子どもの指導・支援,平成28年3月,P3(Q3)

最初の一言は「指で示すシートです」。明日から使える実践的活用術

Q.薬剤師の先生方からは指さしシートについて、「失礼にあたるのではと不安」
「どう切り出せばいいかわからない」という声も聞かれます。

 

一番のコツは、特定の誰かのために棚から出すのではなく、コンビニのレジカウンターのように、受付や投薬カウンターに「常設」しておくことです。そうすれば、患者さん自身が気づいて「これを使いたい」と指してくれることもあります。
薬剤師から使うタイミングとしては、患者さんが受付でそわそわしていたり、服薬指導中反応が薄いと感じたりした時。それは患者さんからのサインです。
声をかける際に「聞こえにくいですか?」と尋ねる必要はありません。患者さんの正面に立ち、シートを指しながら、まず薬剤師から「指で示すシートです」と使ってみせるのが最も自然な始め方です。薬剤師が先に使うことで、患者さんも安心して使いやすくなります。

Q.このシートは、聴覚に障がいのある方以外にも活用できるのでしょうか?

 

もちろんです。むしろ、障がいの有無にこだわらず、広く使っていただきたいと考えています。このシートには、聴覚障がいを示す「耳マーク」をあえて入れていません。それは、「コミュニケーションを取りたい」と思った時に、誰もが使えるユニバーサルなツールであってほしいという願いからです。実際、手術で声が出せなくなった方や外国人の方、周りに聞かれたくないプライバシーに関わる相談をしたい方などがこのシートを指してくれた事例もありました。

シートがひらく未来― 「最後に会う医療者」ができること

Q.指さしシートが薬局に広まることで、どのような変化を期待されていますか?

 

シートを使うこと自体が、「あなたとコミュニケーションを取りたい」という医療者の姿勢を示すサインになります。実際にシートを活用した薬局からは、「患者さんからの相談が増えた」「感謝の言葉をいただいた」といった声が届いています。患者さん側からも、「一人で薬局に来る不安がなくなった」「詳しく説明してもらえてよく理解できた」という嬉しい感想をいただきました。このシートが信頼関係を築くきっかけになってほしいと願っています。

Q.全国の薬剤師の先生方へメッセージをお願いします。

 

薬剤師は、医師や看護師には言いだせなかった疑問も相談しやすい、患者さんが「最後に会う医療者」だと思います。薬局でのコミュニケーションは、薬を正しく、安心して使っていただくための土台であり、医療そのものなのです。新しい薬を開発することも製薬企業の重要な役割ですが、その薬を患者さんに効果的に届けるためのコミュニケーション環境を整えることも、同じくらい重要です。このシートが、薬剤師の先生方と患者さんの心をつなぐ、温かいコミュニケーションのきっかけになれば幸いです。

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