ステノトロホモナス・マルトフィリア治療とフェトロージャ
監修医Comment

薬剤耐性の機序
S. maltophilia は内因性にL1・L2と呼ばれる2種類のβ -ラクタマーゼを保有する。 L1はメタロβ ‑ラクタマーゼでカルバペネム系を含む幅広いβ ‑ラクタム系抗菌薬(アズトレオナムを除く)を分解することが可能で、一方、L2はClass Aに分類されるβ ‑ラクタマーゼで広域スペクトラムのセファロスポリン系抗菌薬及びアズトレオナムを分解可能である。また耐性グラム陰性菌感染症に対する切り札であるアミノグリコシド系抗菌薬に対して薬剤排泄ポンプ、アミノグリコシド修飾酵素等複数の耐性機構により自然耐性である点が重要である。フルオロキノロン系抗菌薬に対しても、薬剤排泄ポンプの過剰発現や変異、薬剤の作用点であるDNA gyrase・トポイソメラーゼⅣを保護するSmqnrの過剰発現等複数の耐性機構をもつ。治療の第一選択とされるスルファメトキサゾール/トリメトプリム(ST合剤)に対しては、薬剤排泄ポンプの過剰発現やプラスミドを介したclass Ⅰ integronによるsul・dfrAの獲得により耐性化することが知られている。
出典:抗微生物薬適正使用の手引き 第三版, 補遺 p27(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001168458.pdf)を加工して作成
治療
抗微生物薬治療について、RCTはないが、グラム陰性菌感染症治療の主要薬である従来のβ ‑ラクタム薬とアミノグリコシド系薬に対して本菌が自然耐性であること、使用経験が豊富であること等の理由からST合剤*1,2が第一選択薬として広く使用されてきた。ST合剤に対する耐性の増加も懸念されるが、259施設が参加し1997〜2016年まで実施された国際研究では、ST合剤の感受性耐性率は2001~2004年が97.2%に対して2013~2016年が95.7%と、大きな低下がなかったことが報告されている6)。一方でST合剤は、特に高用量投与では腎障害や肝障害、消化器症状、低ナトリウム血症、高カリウム血症、骨髄抑制、皮疹等、経静脈投与では輸液負荷等様々な副作用やマネジメント上の問題が生じ得ることから、治療効果はあっても中断せざるを得ない状況がしばしばある。これに加えて近年、リスクを伴う高用量投与で本菌に対する付加的な治療ベネフィットが得られない可能性も指摘されつつある4)。
他方、感受性があればフルオロキノロン系抗菌薬(レボフロキサシン等7‑9))やテトラサイクリン系抗菌薬(ミノサイクリンやチゲサイクリン等)がST合剤に劣らない治療成績を示したことも観察研究で報告されている10‑12)が、小規模研究に留まる。これらの事実を踏まえてIDSA治療ガイダンス2024では、中等症・重症の症例に対して2つのアプローチが提案されている。第一に、少なくとも2種類の活性のある薬剤(セフィデロコル、ミノサイクリン、ST合剤、レボフロキサシン‑優先順位の高いものから並べている‑)の併用療法で、主に個々の薬剤の支持データが限られているため、臨床的改善が認められるまで行う。第二に、セフタジジム/アビバクタム*1とアズトレオナム*1の併用療法も可能であるが、この併用療法を支持する臨床データは限られている4)。また、コリスチンに関して、CLSIとEUCASTはS. maltophilia に対する感受性ブレイクポイントを定めていない。
なお、セフィデロコル、Eravacycline*3、セフタジジム/アビバクタムとアズトレオナムの併用療法が治療の選択肢として有望視されているが、臨床データの十分な蓄積がないのが現状である。
臨床医の視点から総合的に勘案すると、決定的なエビデンスに欠け、マネジメントスキルを要するものの使用経験の多いST合剤が、現時点ではやはり第一選択薬と考えられる。しかしながら新たな薬剤が次々と登場しつつあるここ数年で、S. maltophilia 治療のスタンダードは大きく変貌する可能性を秘めているように感じる。
出典:抗微生物薬適正使用の手引き 第三版, 別冊 p28, 29, 補遺 p12, 28(厚生労働省)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001168457.pdf, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001168458.pdf)を加工して作成
*1:S. maltophilia は国内承認外菌種
*2:S. maltophilia 感染症治療にST合剤を使用することについて、抗微生物薬適正使用の手引き 第三版 別冊 p.29 表12「Stenotrophomonas maltophiliaに対する抗菌薬の主な選択肢」に「ST合剤(点滴)」との記載があるため、S. maltophilia 感染症治療にST合剤を使用する際は、注射剤が推奨されていると考えられます。
*3:国内未承認
塩野義製薬株式会社編注
多剤耐性S. maltophilia に対する感受性(in vitro)
多剤耐性S. maltophilia の結果は以下のグラフのとおりです※。
※:試験当時とは異なり、現在ブレイクポイントはMIC1μg /mLに設定されている。

試験方法
2014年〜2016年にIHMA(International Health Management Associates, Inc.)が世界52か国から収集した臨床分離株より、カルバペネム非感性及び多剤耐性グラム陰性桿菌1,873株を対象とし、フェトロージャのin vitro 抗菌活性を検討した。
臨床分離株の同定には質量分析法(MALDI‑TOF)、薬剤感受性試験にはCLSIの微量液体希釈法を用い、フェトロージャの培地には ID‑CAMHBを使用した。
ID‑CAMHB:iron‑depleted cation‑adjusted Mueller Hinton broth、鉄欠乏カチオン調整ミューラーヒントンブロス
Hackel, MA. et al.: Antimicrob Agents Chemother., 2018, 62, e01968より一部改変
本研究は塩野義製薬株式会社の資金により行われた。著者に塩野義製薬株式会社社員が含まれる。
References
1) Brooke, JS.: Clin Microbiol Rev., 2012, 25(1), 2
2) Mojica, MF. et al.: JAC Antimicrob Resist., 2022, 4(3), dlac040
3) JAID/JSC 感染症治療ガイド・ガイドライン作成委員会編:JAID/JSC 感染症治療ガイド2023, 日本感染症学会・日本化学療法学会, p134
4) Tamma, PD. et al.: Infectious Diseases Society of America 2024 Guidance on the Treatment of Antimicrobial-Resistant Gram-Negative Infections, Clin Infect Dis., ciae403, 07 August 2024
5) Nys, C. et al.: Antimicrob Agents Chemother., 2019, 63(11), e00788
6) Gales, AC. et al.: Open Forum Infect Dis., 2019, 6(Suppl 1), S34
7) Cho, SY. et al.: Antimicrob Agents Chemother., 2014, 58(1), 581
8) Ko, JH. et al.: Clin Microbiol Infect., 2019, May, 25(5), 546
9) Sarzynski, SH. et al.: Open Forum Infect Dis., 2022, Jan, 9(2), ofab644
10) Biagi, M. et al.: J Clin Microbiol., 2020, 58(2), e01603
11) Flamm, RK. et al.: Antimicrob Agents Chemother., 2019, 63(11), e01154
12) Hand, E. et al.: J Antimicrob Chemother., 2016, 71(4), 1071